TOKYO2020

支える2020の仕事

身体が不自由な方でもかんたん着付け。
バリアフリー着物で
日本伝統の文化を伝えたい。

着物工房 主宰
鈴木 富佐江

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東京都狛江市に発足したパラリンピックを応援する市民団体がある。
障がい者アスリートたちの応援や、「バリアフリー着物」の着付けを支援する「着付けサポーター」の養成が主な活動内容。
代表に就任したのは、鈴木富佐江さん。自身の病を機に、身体が不自由な人でも10分で着られるというバリアフリー着物を考案、その普及に努めてきた。

人生二度目の、東京でのパラリンピックである。1964年、ボランティアの一員として代々木の選手村にいき、各国のパラリンピック選手団を着物姿で出迎えた。鈴木富佐江さんは、その時の体験を今も忘れることができない。外国人アスリートたちは、初めて目にする日本伝統の着物を喜んだ。だが、鈴木さんの感動もまた大きかったのだ。「着物で、外国の方をこんなふうに『おもてなし』できるなんてと、驚きました。まるで自分がスターになったような気分でしたね(笑)」。

あれから55年。鈴木さんは「もう一度、着物で外国の方をお迎えし、パラリンピックに貢献したい」という夢に向かっている。それも今度は、自身が考案した”バリアフリー着物”を携えて。

「この着物なら、身体が不自由な方であっても10分あれば着付けができます。日本にやってくる外国人の方が何を楽しみにしているかというと、昔から『着物を見たい、体験したい』という声が多いそうです。でも残念なことに『着物を見られなかった、体験できなかった』といって帰っていく方も多いとか。そんな外国の方にも、手軽に着物に触れていただけたら、と思います」

現在の鈴木さんは、自身が主宰する着物工房でオリジナル着付けの普及に努めている。
創業のきっかけは、65歳のときに患った脳梗塞。銀行員を定年退職後、「これからはボランティア三昧」と楽しみにしていた矢先のことだった。一命はとりとめたが、右半身に麻痺が残った。だが鈴木さんにとって最大のショックは、幼い頃から親しんでいた着物が着られなくなったことだ。背中で帯を結ぼうにも手が背中に回らない。

しかし「不自由が発明の母」となった。帯を結べないなら、帯を結べなくても着物を着られる仕組みを考えればいい。帯をあらかじめお太鼓の形に折り紙のようにたたんで糸で縫い付け、あとは胴に巻き付けて紐で締めるだけの帯を発明した。

当初、事業にするつもりは全くなかったという。それでも「『まさか自分が、着物を着られるなんて夢にも思わなかった』と、障がいを持ったたくさんの方々が喜んでくれました」。着物が着られる喜びをもっと多くの人に伝えたい。その思いで京王線柴崎駅近くに着物工房を立ち上げた。鈴木さん、68歳でのことだ。

「ボランティア活動の恩師である、日本赤十字社の橋本祐子先生に教わった言葉も私の背中を押してくれました。『大きい夢も小さい夢も、かなう確率は20%。同じ20%なら、大きな夢を持ちなさい』。それならばと、思い切ったのです」

帯の評判はたちまち全国に広まった。続けて、車椅子の方でも着付けができるように、ボタンで留めるだけの長襦袢や、後ろ身ごろの裾をファスナーで開閉できる着物なども考案し、特許出願。車椅子でも着やすく、座っても裾周りが着崩れしないための工夫を凝らしたバリアフリー着物の普及をスタートさせる。北海道から九州まで飛び回り、バリアフリー着物を使った着付け教室を開くと、各地の教え子たちがまた教え子を育てた。これまでに3000人をゆうに超える卒業生がいる。

そのかたわら、鈴木さんは高齢者施設や障がい者施設を訪れては、着付けのボランティアを続けてきた。「施設にいる方々にとって、久しぶりの着物のおしゃれが嬉しいのだと思います。それまではうつむきがちだった方も、着物を着ると笑顔に。車椅子の方が喜んで、突然立ち上がって歩きだしたこともあります。びっくりしたと同時に、着物の持つ力の強さを実感しましたね」

人生二度目のパラリンピックは、こうした活動が縁となった。住まいがある狛江市に、パラリンピックを応援する市民団体が発足すると、鈴木さんは代表に就任。これが東京2020参画プログラムに認定されたのだ。活動内容は、パラアスリートたちの応援と、障がい者や外国人の着付けを支援する「着付けサポーター」の養成だ。2018年5月から19年3月にかけて「東京2020大会に向けた着物体験」と称し、イベントを行った。

現在も、月に1回程度のペースで着付けサポーター養成講座を実施している。19年7月には着物に似合う髪飾りをつくる教室を開いた。「髪飾りがあるかないかで、着物姿の華やかさがまったく違います。材料は、皆が100円均一ショップをまわって集めてきた造花。思いがけず、美しいものができますよ」。この日の参加者は約20名。その大半は着物姿だ。車椅子の方も3名が参加していた。「ボランティアはみんなが主役」と鈴木さんは言う。この日の講師も、鈴木さんではなく車椅子の女性が務めていた。

「パラリンピック期間中は、競技会場そばにスペースを設けて、バリアフリー着物の着付け体験をしてもらおうと考えています。その日が楽しみでなりません」

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