TOKYO2020

支える2020の仕事

伝統工芸を成長産業に。
アスリートとともに戦う
伝統工芸品。

白河だるま総本舗 十四代

渡邊 高章

up

江戸時代からつくられてきた白河だるまが、東京2020公式ライセンス商品 伝統工芸品コレクションのひとつとして登場した。
だるまの色は白と金の2種類。オリンピックシンボルの5つの色と、パラリンピックシンボルの3つの色が描かれ、その愛らしい姿が人気だ。

つくったのは白河だるまの創業から十四代目となる渡邊高章。伝統工芸を産業として大きくしていく挑戦を続けている。

約300年の歴史を持つ福島県の白河だるま。江戸時代中期、当時白河藩主だった松平定信が地域の民芸品で産業を興こすためにつくられ、以来、縁起物として愛されてきた。
その伝統を受け継いできた白河だるま総本舗は現在十四代目。26歳の若き職人であり、十三代目の父とともに会社を経営する渡邊高章だ。

実は渡邊は、甲子園を目指していた元高校球児。当時は主力選手として夏の大会で福島県のベスト4まで進む活躍をみせた。
高校卒業後は東京の大学の体育学科に進学し、まさにオリンピックを目指すアスリートたちとともに学生生活を過ごした経験を持つ。それだけに東京2020への思いは人並み以上だ。
「オリンピックに出ることはアスリートの目標。私自身もアスリートだったので、その気持ちは誰よりも知っています。そして、オリンピック、パラリンピックに関わる仕事に携われることもとても名誉なこと。ですから伝統工芸品コレクションの話を聞いたときには、真っ先に手をあげました。
オリンピック、パラリンピックは4年に一度ですが、私にとって一生に一度の仕事です」

大学時代、体育教員を目指していた渡邊は21歳で家業を継ぐことを決心し、戦いの場をフィールドから白河だるまへと転じた。
そして今、「伝統産業を、成長産業にしたい」と、渡邊は語る。その言葉どおり斬新な挑戦を続け、白河だるまの売り上げを伸ばしてきた。
「伝統産業は衰退していくものと、みんななんとなく思っているのではないでしょうか。実は生産者側も同じように思ってしまっている現実があります。
でも、生産者自身が衰退していくと思っていたらだめですよね。
ちょっとしたアイデアを加え、さらにビジネスモデルを作って提供することができれば、新しい市場をつくることができるんです。だるまは、願掛けをするところに市場があると思っています。
ちゃんとしたマーケティングをして、スピード感をもってやっていけば伝統産業でも成長産業になれると証明したいんです」

その戦略のひとつとして、あえて渋谷・原宿の雑貨屋に重点的に営業をして、白河だるまをアパレル業界の人たちの目に触れるようにした。そこから企業コラボのだるま制作の仕事が舞い込み、その実績がまた新しい仕事を呼びこんだ。
また、日本ではじめてだるまのガチャポンを作ると、これも人気に。ふくしまベストデザインコンペティションで応募数約340品目の中から初代グランプリに選ばれ、現在、全国に営業を拡大中だ。
東京2020の伝統工芸品コレクションはこういった努力の延長に生まれたものと言えるかもしれない。伝統を新しい形にして世に送り出す柔軟さがあったからこそ、だ。

東京2020のだるまの色は白と金。最初は伝統的な赤いだるまも検討されたが、オリンピックシンボル、パラリンピックシンボル、それぞれの色を際立たせるため、あえて白と金のだるまになった。
金色のだるまは、下地に一度赤い色を塗り、その上に金を塗ってつくられている。こうすることで金の発色がより美しくなるという。
また伝統的な白河だるまの表情は鶴亀松竹梅をモチーフにしているが、あえてシンプルな表情の図柄にした。

伝統的な色や表情とは違う白と金のだるまに、伝統が損なわれるのでは、という声が聞こえてくることもあるという。
「伝統あるものを文化として残したいのか、産業として残したいのか、2つの道があると思うんです。文化として残すなら、同じものを変わらずに作り続ければいい。けれど、産業として残していくなら、地域の人を雇用して、伝統を大切にしつつも時代に合わせて変わっていかなければいけない。
私は白河だるまを産業として残していきたいんです」

そして、白河だるまにたくさんの人が関心を持ってくれることこそうれしい、と渡邊は話す。
「たくさんの反応をいただくのですが、なによりも東京2020の機運醸成に貢献でき、かつたくさんの人に白河だるまを知ってもらう機会ができたことがうれしいですね。
だるまは縁起もの。幸せを呼ぶものですからもっとたくさんの人に手にとってもらいたい。そしてたくさんのアスリートにだるまに目を入れるような活躍をしてもらいたいですね」

SHARE

  • Twitter
  • facebook
  • LINE